●地球の裏側で反政府ゲリラの襲撃を受けて人質になったツアー参加者7人と添乗員1人。結局、全員死亡するのだが、彼らが朗読会を開いていたことが2年後に発覚。インテリアコーディネーターや作家、眼医者など多様な職業の人々が語る、それぞれの忘れがたい記憶が短編の形で紹介される。
執筆のきっかけは、アメリカの作家ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』だったそう。これは全米から集めた普通の人々の物語集ですが、涙あり笑いありと大変素晴らしい一冊。そこで小川さんは、こういった普通の人々の物語をフィクションで書きたいと考えたと言い、取材で私にこういうことをおっしゃいました。
「ある偶然で、そう親しくない人たちがこれまで人に話したことなどない話をする……。最初に考えた設定はこれだけでした。ところが一冊にまとめてみると、どの作品も死の気配がふと傍らを通り過ぎた瞬間を語っていることに気が付きました。普段は忘れていますが、普遍だと思っているものも実はあっけないもので、私たちは危うい世界に生かされています。つまり、生きている喜びは単独として存在するのではなく、死が裏側で生を支えているから成り立つ。言い換えれば、死という終わりがあるからこそ、生のなかには一瞬の、かけがえのない豊かな喜びがあるのです」
死と隣り合わせの人質たちが語る物語はどれもささやかな日常の断片ですが、それがその人にとってどれだけ大事な出来事か、そしてそのことを語ることが極限状況に置かれている本人にどれだけ力を与えるかが行間から染み出し、胸を締め付けます。そのとき、読み手は自分を励ますのは自らの記憶であり、それをいつの日か言語化できたときにこそ力は生まれると気づくのです。
大変な事ばっかりの今日日ですが、疲弊し傷ついた今だからこそ、読みたいすばらしい本です。
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